会長挨拶

このたび会員の皆様のご推挙により比較思想学会の第10代目の会長に就任することになりました。このような大任を仰せつかりましたことは、大変に光栄なことと存じておりますが、人文系の学問、とりわけ思想系の学問を取り巻く状況が深刻の度を増している中で、比較思想学会としての学術的な発展とその基盤となる学会組織の強化を推進するということで、課せられた責任の重さを痛感しております。

さて、比較思想学会は、御存じのように、昭和49年(1974年)に、わが国における比較思想の学問的確立を牽引してこられた中村元先生を初代会長として設立されました。発足にあたって作成された「設立趣意書」には、近年の重要な学術的傾向として「学際的傾向が顕著であること」とともに、「われわれがとりわけ明治以後急速に摂取し不可欠の学問的支柱としてきたヨーロッパ的諸学問ならびにその思考方法が、ヨーロッパ自体においても問いただされ、大きな転換点に立っていること」が挙げられています。

四十数年前に指摘された、学際化とヨーロッパ的知、すなわちデカルト以来の合理性に基づく分析的な知の根源的問い直しというこの二つの動向は、学問の細分化、それに伴う問題意識の希薄化が進み、かつグローバル化の進展によって世界の多極化がさらに加速している現在において、より顕著なものとなっていると言えます。

ヨーロッパ近代の二元対立的、要素還元主義的な知による、諸学問の細分化著しい昨今の状況の中で、それらを横断して現実の諸問題を根源に遡って解決を目指す、新たな知の創成が要請されています。これを可能にするのが、学問の方法論的な特質として、常に自己を相対化しつつ、他者、すなわち他の文明文化や宗教との対話を試みてきた比較思想という学問ではないかと思われます。

比較思想研究とは、既成の学問分野に捉われることなく学際的な立場から思想を比較し、それらの相違性・類似性・共通性を把握することを通じて、人間存在の普遍性に迫りつつ、探究する者自身の思想形成を促す営為です。この意味で、比較思想は、よく誤解されるような、自分の外側にある二つの思想をただ比較して違いや類似をあげつらうことではありません。

比較思想では、異なる学問分野、異なる文明・文化、つまり他者との対話を通じて、自己の特殊性を自覚するとともに、その都度、立ち現れる「普遍」の把捉を試みます。比較思想がめざす「普遍」とは決して前もって前提として与えられ押し付けられるようなものではなくて、比較思想的探究において、その都度、いわば「永遠の課題」として立ち現れるものであると言うことができるでしょう。グローバル化による多極化が世界の分断へ帰結しかねない昨今において、自己相対化しつつ、対話の場を通じて「普遍」をめざす比較思想の持つ意義は実に大きなものであると言えましょう。

このように近年、重要さを増している比較思想研究をさらに活性化するために、私自身力を尽くしたいと思います。とりわけ末木文美士前会長が、任期中の6年間で、比較思想の方法論的見直し、比較思想の学際化・国際化の加速、学会の組織強化を促進してくださいましたので、私としてもこれを基本方針としつつ、会員皆様ひとりひとりにとってこの学会が意義ある交流と研鑽の場となるようにしたいと思っております。

最後に私事になりますが、思い起こせば、私が比較思想学会に入会いたしましたのは、昭和の時代、大学院博士課程在学の頃でした。隠岐島の文化会館で開催された昭和62(1987)年度の大会で「和辻哲郎と解釈学」というテーマで口頭発表をさせて頂きました折には、当時、ご壮健でいらした中村元先生や峰島旭雄先生などがとても暖かな反応を示してくださいまして、本当に感激いたしました。先生方の若手を育てようというお心が伝わってきて、「このようないい学会があるのだな」としみじみ思いました。本学会が、若手にとって厳しくも暖かい成長の場であり続けられるように、またどの世代の会員にとっても魅力的な場であるように努めたいと思っております。

もとより微力ではございますが、理事や評議員の先生方、また、大正大学の学会事務局のご協力を得まして全力を尽くす覚悟でございます。会員の皆様のご支援を心からお願いして就任のあいさつとさせて頂きます。

平成29年6月
頼住 光子